共生‐漆を媒体にした移民対話‐
テーマ:移民対話、工芸と社会問題の融合
概要:
本作は移民たちの物語をキャビネットに表現しています。キャビネット本体は規律性ある四角い社会規範であり、そこに収まる引き出しは、それぞれ移民たちの物語を表現しています。社会に溶け込むものもあれば、本体から飛び出し、収まり切れないものもあります。それぞれの物語を視覚化し、アジアの漆工芸によって強固に繋げられます。しかし、漆は曲げに弱く、硬い接合部であるため、力を加えるとひび割れが生じます。鏡のような漆の幻想性と脆さは、諸刃の剣とも言える現代社会を表現しています。
背景:
シルクロードを通じた東西文化・技術交流は、人類が経験した最も壮大なムーブメントの一つと言えるでしょう。しかし、このネットワークを通して得られる情報は、現代のグローバリゼーションというよりは、地方に根ざした「グローカリゼーション」、つまり地域化に近いものでした。シルクロードを通じた東西交流の中で、西洋のラッカー工芸は、当初支配的であったアジアの漆芸から徐々に脱却し、独自の芸術形態へと発展していきました。
"Jolités von België"「ベルギー漆器」では、ベルギーの地域性と漆を融合させた作品シリーズを制作しました。この作品は、その延長線上にあると言えます。17世紀に栄えたアントワープ・ラッカーキャビネットを漆で模倣し、アントワープ漆器を制作するという構想です。西洋社会が長きにわたりアジアの漆工芸に憧れ、受容し、模倣してきたように、私は今、西洋ラッカー工芸を現代の文脈でアジアの漆を用いて模倣し、時代の流れを逆行します。これがこのプロジェクトの根底にあります。
社会問題:
ベルギーに住む移民の一人として、私は移民問題に取り組むことにしました。世界の現状に危機感を抱いているのは、私だけではないはずです。私自身が日々起こる紛争や災害を、ヒーローのような強大な力で救うこともできません。私の役割は、工芸を通して移民たちの対話を可視化し、忘れ去られつつある共存を作品に表現することです。
シルクロードを例に挙げましょう。かつて私たちは異なる文化を混ぜ合わせ、独自の文化へと発展させてきました。異物を取り除くのではなく、混ぜ合わせることでさらなる進化へと導きます。これは偶然にも、漆芸の秘技である「よく混ぜる」という考え方と合致するのです。
方法論:
ベルギー(フランドル地域)において、漆は私たちを結びつけ、人々を社会/コミュニティに統合する媒体となります。コンセプトデザインは、相互作用する視覚言語の9つの主体です。少なくとも9回のインタビューを実施し、対話の中から各個人のキーワードを収集し、デザインされた視覚言語で表現します。これらの人物背景は、私の生活環境の近隣に住む9人の移民です。キーワードを引き出し前面パネルのイメージと織り交ぜることにより、インタビュー対象者はデザインプロセスに参加します。キーワードのイメージは新しい視覚言語による解釈/翻訳と共有能力を有します。「相互作用する引き出し」の前面は、往来、ギブアンドテイク、表現と印象、主体と客体といった交流の担い手となります。
インタビューの基準:
- 地政学的な質問ではなく、中立的な質問
- 一人ひとりを尊重する質問
- 質問者の多様性を追求する
- 肯定的、否定的、そして多様な意見に耳を傾ける
- 一人ひとりの移民体験を最大限に引き出せる質問
- 一人ひとりの言葉にならない感情を読み取る
9つのキーワード➝イメージ:
- 西洋と東洋の漆芸 ➝ 交流
- 感謝 ➝ 人間性の融合
- 家族の発見 ➝ 出会い
- 匿名性 ➝ 多様性
- 故郷 ➝ 祖国への夢
- 混合 ➝ 調和
- 言語、仕事、夢 ➝ バベルの塔
- 社会的交流 ➝ るつぼ
- ハードジャンクション ➝ 金継ぎ
これらの移民書類(写真参照)は「10個目の引き出し」に収納されています。キャビネットには引き出しが9つしかありませんが、もう1つ引き出しを制作しました。この10個目の引き出しの内側は、鏡のような役割を持つ呂色塗りで仕上げられており、覗き込む人の姿を映し出します。9つの引き出しそれぞれに移民書類を収納し(それぞれの移民が帰属する引き出しに収納)、10個目の引き出しは空になります。
この引き出しを皆さんに渡して「何が見えますか?」と尋ねます。
多くの人は「自分が見えます」と答えるでしょう。
この引き出しは、アントワープ・スカリオーラ技法を模した真ん中の引き出しを押し出すように収納されます。スカリオーラ技法の引き出しは背板の開口部から押し出され、呂色塗りの鏡に映った自分の姿を見た人が「移民対話」に参加することができます。
もっと読む